大分地方裁判所 昭和44年(わ)62号 判決 1970年3月17日
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は被告人は、
弁護士でなくかつ、法定の除外事由がないのに、野上喜久雄外二名から法律事件について依頼を受けるや報酬を得る目的で、左記表(一)乃至(三)記載のとおり、昭和四一年四月二日頃から昭和四四年一月一三日頃までの間、別府市上野口町二九番七号自宅においてそれぞれ鑑定の上同人等のため東京地方裁判所、大分地方裁判所及び別府簡易裁判所に提出する準備書面及び訴状等二八通を作成し、かつ別表(三)記載とおり、昭和四三年一月一八日から同年一二月六日までの間、前後七回にわたり有限会社彦陽商事の代理人として大分市荷揚町大分地方裁判所法廷において、右訴状等を陳述し、以て法律事務を取り扱つたものである。
表(一) 依頼人 野上喜久雄
事件名
原告(債権者)
被告(債務者)
作成文書
作成年月日
文書名
1
東京地民二八部
昭和四三年(ワ)
第三〇七〇号
売掛代金請求
日本金銭登録機
株式会社
竜原正彦
竜原邦久
野上喜久雄
昭和四三、
四、一五頃
答弁書
2
右同
右同
野上喜久雄
竜原邦久
〃
六、一八〃
準備書面
3
右同
右同
右同
〃
八、二四〃
準備書面
表(二) 依頼人 江口繁蔵
事件名
原告(債権者)
被告(債務者)
作成文書
作成年月日
文書名
1
別府簡
昭和四一年(ロ)
第一九六号貸金請求
福博商事有限会社
(代表取締役江口繁蔵)
重見敏之こと
重見敏男
昭和
四一、四、二頃
支払命令の申立
2
大分地
昭和四一年(ワ)
第一五二号貸金請求
右同
右同
〃
六、一〃
当事者表示の
補正申立
3
右同
右同
右同
〃
右同
証拠申出書
4
右同
右同
右同
〃
八、二
取下書
5
別府簡
昭和四一年(ロ)
第二二三号貸金請求
右同
品治安彦
山本邦彦
〃
四、一三〃
支払命令の申立
6
右同
右同
右同
〃
五、一三〃
仮執行宣言の
申立書
7
右同
右同
品治安彦
〃
六、七〃
送達証明申請書
8
別府簡
昭和四一年(ハ)
第九〇号貸金請求
右同
山本邦造こと
山本都造
〃
六、二八〃
証拠申出書
9
右同
右同
右同
〃
一二、六〃
取下書
表(三) 依頼人 管武男
事件名
原告
(債権者)
被告
(債務者)
作成文書
陳述状況
作成年月日
文書名
年月日
法廷
1
大分地
昭和四二年手(ワ)
第一三四号
約束手形金請求
有限会社
彦陽商事
代表取締役
管武男
森床一
野田展正
昭和四二、
一二、二一頃
訴状
昭和四三、
一、一八
大分地方裁判所
2
右同
右同
右同
昭和四三、
一、一〇〃
住所補正
の申出
3
右同
右同
右同
〃
二、八〃
執行文付
与申請
4
右同
右同
右同
〃
二、八〃
判決正本
送達証明
申請
5
右同
右同
右同
〃
二、二六〃
執行力ある
判決正本
再度付与申請
6
大分地
昭和四三年手(ワ)
第三三号
約束手形請求
右同
工藤貞男
〃
三、一三〃
訴状
昭和四三、
四、一五
大分地方裁判所
7
右同
右同
右同
〃
五、一七〃
執行文付与
申請書
8
右同
右同
右同
〃
五、二二〃
判決正本
送達証明申請
9
大分地
昭和四三年(ワ)
第三一八号
不当利得返還請求
右同
大分県信用組合
〃
五、二七〃
訴状
昭和四三、
七、二二
大分地方裁判所
10
右同
右同
右同
〃
九、二四〃
準備書面
〃
九、三〇
〃
11
右同
右同
右同
〃
一一、七〃
準備書面
〃
一一、一一
〃
12
右同
右同
右同
昭和四四、
一、一三〃
証拠申出書
13
大分地
昭和四三年(ワ)
第五二二号
約束手形金請求
右同
有限会社
春日産業
南清臣
昭和四三、
八、八〃
訴状
〃
九、六
大分地方裁判所
14
右同
右同
右同
〃
一〇、七〃
執行文付与申請
15
右同
右同
右同
〃
一〇、七〃
判決正本
送達証明申請
16
大分地
昭和四三年(ワ)
第七三九号
昭和四三年(モ)
第八四四号
請求異議
安永忍
有限会社
彦陽商事
〃
一一、三〇〃
答弁書
昭和四三、
一二、六
大分地方裁判所
というのである。
ところで
<証拠>
によると、弁護士でない被告人が商人(営業主)である野上喜久雄、福博商事有限会社、有限会社彦陽商事のため公訴事実記載のとおりそれぞれ弁護士法七二条掲記の法律事件について法律事務を取扱つたことが認められる。しかしながら被告人には、野上喜久雄のため昭和四三年四月二二日に、福博商事有限会社のため昭和四一年一二月一五日に、有限会社彦陽商事のため昭和四二年一一月七日に、それぞれ支配人としての選任登記が経由せられ、商人(営業主)野上喜久雄との間には、被告人が同人の支配人として選任せられる以前の昭和四二年夏ごろから同人に雇傭せられ雇人として稼動していることが認められるので、被告人が商人(営業主)のため、またはこれに代つて公訴事実記載のようなその営業に関し裁判上または裁判外の法律事務を取扱うことは雇人、または支配人たる被告人においては正当な業務の必要のためなした行為であるということは言うまでもないのであるから、かかる行為は刑法三五条によつて処罰し得ないものと言わねばならない。もつとも前記のような商人(営業主)による被告人の雇傭、または支配人選任が被告人と各商人(営業主)との間において、被告人が各商人(営業主)の特定の法律事件のため法律事務を取扱うことについて強行法規たる弁護士法七二条に違反する行為であることを隠蔽する方策(手段)とした脱法的な行為であり、そのため公訴事実掲記のような法律事件についての法律事務の取扱いがそもそも被告人が雇人、または支配人の名を奇貨として特定の法律事件について法律事務を取扱つたものであるか、その他被告人の法律事件について法律事務の取扱を不法ならしめる事実(例えば弁護士資格をいつわること、特定の法律事件についての法律事務の取扱いを目的とすることなど)がない限り、被告人には前叙のような雇傭関係が存在する以上法律事件について法律事務を取扱つた事実だけをもつてしては、いまだその行為を弁護士法七二条に違反する不法なものということはできない。そのことは、その国における弁護士の数、国民の法意識や経済力等々の諸事情を考慮したうえで決せられるべき問題であるところ、わが国においては弁護士強制主義を採用せず、当事者本人(法定代理人を含む)が自ら訴訟行為をする本人訴訟主義を認め、訴訟事件についてさえ簡易裁判所においては、例外として裁判所の許可を得て弁護士でない者を訴訟代理人に選任することができ、かつ旧法のように訴訟能力者である親族、または雇人に限定しないから、訴訟無能力者であつても、知己、友人であつても訴訟代理人の選任について裁判所の許可を得て適法に法律事件について法律事務を取扱うことができるのであるから商人(営業主)のため支配人以外の雇人においても適法に正当な業務上の必要な行為として法律事件について法律事務を取扱うことができ、かつ、簡易裁判所の訴訟事件においては商人(営業主)に代つて訴訟代理人となることもできることは明かである。本件取調べの各証拠によるも被告人は前叙のとおりそれぞれの商人(営業主)の雇人として正当な業務上の必要な行為、または、支配人の支配権の行使として、前叙のような商人(営業主)のため法律事件についての法律事務を取扱つたまでのものであるばかりか、被告人の雇傭(支配人選任を含む)が特定の法律事件についての法律事務の取扱いでないことも商人(営業主)との雇傭関係が前叙日子以来今日に及んでいることが認められることを思うとき、被告人の行為をもつて前叙行為のような不法な目的をもち弁護士法七二条を蝉蛻するための不法なものであるとする事実は認められない(なお、検察官は、被告人の各商人(営業主)との関係が雇傭でないとして、商人(営業主)から支払われる賃金が報酬等の名目で支払われているとか、労働時間の定めの無いこと等を掲げ支配人たる実体を伴わない脱法的なものであるというけれども、これ等は雇傭契約上の関係を既在の概念で抽象的に類型化せんとするに帰し、適切ではない)。
したがつて、本件公訴事実の各行為は、被告人が正当な業務上の必要からなした正当行為であるから罪とならないことになるので刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。(重村和男)